浜田丞平先生(平成14年3月退職)

一瞬の永遠

浜 田 丞 平(平成14年3月退職)

 

 

浜田丞平先生卒業生の皆さん、お元気ですか。今年3月に晴れて定年退職して以来、当然のことながら日常生活が一変しました。懐かしい少年時代に戻ったとでも言うのでしょうか、まずは現今の心象を報告いたします。

 

今、静かに波が漂う海の中を、ゆっくりと泳いでいます。ゆるやかなうねりの谷に没するとき、すべては視界から消え去るのです。波頭の頂に持ち上げられると、後にしてきた浜辺がはるかに見渡せます。頭上は、日中の星が見えるのではないかと思えるほどの、黒っぽい青空です。こうしていると、今がいつで、自分が誰であるか、今まで何をしてきたのか、これからどうするつもりであるかを、すっかり忘れています。周囲には誰もいません。蜻蛉か蟷螂の一瞬の夏の命を、永遠と感じて生きるこの懐かしい感覚に戸惑いを禁じえません。誰かがひそかに、パンドラの函を再び閉じて、あのおなじみの、確執、妄想、錯乱、怨嗟、猜疑、嫉妬などもろもろを封じ込めてしまったに違いない。

 

突如、思いがけぬ近くからの声に驚きました。音声はよく聞こえているのに、意味はわかりません。振り向くとディンギー級ヨット上に人の姿が有りました。たった今、海の泡から生まれたばかりのアフロディテだと、一瞬おどろいたのです。この土地で他国の人と話すときの共通語とされている言語で、この地の言葉を理解しない旨を伝えて見ますと、あの共通語らしき言葉で反応がありました。聞き取れたのは、美しい響きの中の・・・アイス・コールド・・・だけでした。たしかに、大西洋の水は心地よい冷たさでした。「シー、ムイート・フリーア」と、なぜかこの地の言葉で、わたしは答えていました。黄金色のヘアーだけをまとっていたアフロディテの姿は、今も脳裏を離れてくれません。

 

第1期生の卒業学年を担任して以来、ずいぶん永く勤めたような気もしますが、日日是好日と思い、一瞬の永遠を、感受性豊かなあなたたちと共鳴し、共有できたのであれば、私の38年間という一瞬も幸福であったというほかはありません。