松村光雄先生(平成17年3月退職)

退職にあたって

松村光雄
2005.4

 

 1969年4月から定年まで、「倫理・社会」のちに「倫理」を担当してきました。きっと憶えている諸君もたくさんいるだろうと思います。ぼくはそのとき29歳で生徒は17歳ですから、干支でいうとちょうど一回りしか違わなかった、それほど若かったということになります。

 

教員も若いひとが多く、学校全体がよい意味で青春模様でした。学校行事や授業計画などの話し合いは、みな前向きで教員同志が思いやりをもって接していました。それは生徒にもなんとなく伝わるのでしょうか、明るく屈託のない生徒が多かったように思います。

 

中杉の教員になることができたのは全くの偶然でしたが、とてもよい学校に勤めることができたと大いに喜んだものです。世の中がある時点で急速に変わり、それにつれて学校もまた望まない方向への変化を余儀なくされた面はありますが、中杉の一教師である喜びは最後まで持続できました。

 
 今年になって、定年退職の挨拶を書いたり話したりすることが数回ありましたが、考えてみれば、この場が一番それに相応しい筈です。ぼくの授業を受けた卒業生はほぼ一万人位もいる筈ですから。でも一番印象にのこっているのは教師に成りたての頃のことです。

 

いま思い出してみると、どうやって毎日の授業をそれらしく遣り終えることができるか、生徒たちが聴いてくれなかったらどうしようか、そんなことで頭がいっぱいになり、下調べはそんな思いとの戦いのうちに深夜まで続いたものでした。授業がうまくいったかどうかは、生徒たちの反応で、手に取るようにわかります。生徒の反応がよければ、そういう日はほとんど疲れがのこりません。そうでない日もありました。そういう日々が3年くらい続いて、ようやく余裕をもって授業に臨むことができるようになりました。

 

正直に告白すれば、慣れてからの授業よりも教師に成りたての2~3年くらいのほうが生徒は乗っていたように思うことがたまにあったりして、そういうときは内心忸怩たるものがありました。「倫理」の授業というと、俗に言う「為になる話」を期待する生徒もいて、父母と同僚とを問わずこの期待は部分的にはかならずあって、ぼくの授業を受けた生徒は年度の半ば以降には、その俗説からは解放されたのではないか、そうであれば「倫理」を学んだ意味は大いにあったと思っています。

 
 退職後3ヶ月目にはいりました。一番大きな変化は、明日のことを考えずに毎日を送れることです。これがこんなに素晴らしいことであるとは、実際に体験してはじめて納得できました。日課といえば、1時間歩くこと数分瞑想することくらいです。注意していることは食べ過ぎないこと争わないことです。いまのところ、小事を除けば、いたって健康です。最後に、中杉の発展と会員諸君の益々のご活躍を祈念して、退職の挨拶といたします。

 

 

送る言葉

鹿島真知子
2005.6.30

 

 2004年度の土曜講座の聖書講読は、3年生3名と保護者2名、教員1名の参加でスタートしました。翌年3月末まで続いた講座は、松村光雄先生の最終授業になりました。
 岩波文庫、塚本虎二訳の新約聖書『福音書』の20ページにみたない箇所を週1回1年間かけて歴史的背景や各時代の解釈等を加えながら講義していただきました。

 
 マルコによる福音書が中心の講義でしたが、マタイとルカを並立させてその記述の違いを鮮明にされ、マルコの記述がイエスの死の年代に近いことや他の福音書の基礎になっている点がわかりました。また、講義が進むうちに私が感じたことは、先生の読書量の多さや思索の深さでした。クライマックスである十字架から死にいたる場面では、イエスが自分を救おうとしなかった理由の説明として、イエスには神に従うことのみしか与えられていなかった、自分を犠牲にしてまでも他人のために祈る、そこに人間を愛するあるいは人間を許すということがあるのだと強調され、「ここに信仰の分かれ目があるのでしょう」とご自分が信仰に近づかれたことを吐露されました。

 
 最終回は、いつもの緊張した空気と異なり、バッハの『マタイ受難曲』を聴き、和やかなうちに終わりました。

 
 30余年間、高校生には難解かと思われる古典、「ソクラテスの弁明」や「饗宴」などに直接触れるという独自の授業を展開され、自我の目覚めの最中である高校生にとって不可解であると同時に深く興味を感じるところとなっていました。卒業生の中には、先生の授業の影響を受け哲学に進むものもいました。

 
 長い間、多くのことをご教授いただきましてありがとうございました。

 

    最後の一週間の出来事(マルコによる福音書)

  • 第1日 ニサン月10日(日曜) 都入り 神殿巡視 1章01-11節
  • 第2日 ニサン月11日(月曜) 無花果の花を呪う 宮清め 11章12-19節
  • 第3日 ニサン月12日(火曜) 無花果枯れる 宗教家との論戦 神殿壊滅の預言 終末の預言 11章20-13章37節
  • 第4日 ニサン月13日(水曜) ある女が香油を注ぐ 14章01-11節
  • 第5日 ニサン月14日(木曜) 過越しの食事準備 14章12-16節
  • 第6日 ニサン月15日(金曜) 最後の晩餐 オリブ山に行く ゲッセマネの苦祈 捕縛 審問 十字架 死 埋葬 14章17-15章47節
  • 第7日 ニサン月16日(土曜) 墓中 [安息日〕
  • 第8日 ニサン月17日(日曜) 女たちが香料を買う 復活 16章01-08節