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	<title>杉朋会 - 中央大学杉並高等学校 同窓会 &#187; 岩崎友弘先生</title>
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		<title>岩崎友弘先生（平成15年3月退職）</title>
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		<pubDate>Sun, 06 Apr 2003 15:00:40 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[3. 先生方の動向]]></category>
		<category><![CDATA[山本季夫先生]]></category>
		<category><![CDATA[岩崎友弘先生]]></category>

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		<description><![CDATA[いま我々が若者にできること ――現代高校生像考察―― 岩　崎　友　弘 （平成１５年３月退職） 　昭和３８年２月某日、新中大杉並高校設立のために、６人の新任教員が初会合を持った。古ぼけた木造３階建ての校舎に集まった。一部の方を除いては全くの初対面であった。   　昭和３７年３月末まで、旧中大杉並高校（現　中大附属高校　小金井市）が存在したのである。中大杉並高校の名称を持って小金井市に移転しようとしたが、東京都教育委員会に反対されやむを得ず「中大附属高校」という男子校の新設高校になったのである。女子校としてスタートする予定の本校が、近所の女子校に反対され共学校として再出発したのである。   　教員という立場でとらえると、教員全員が教科主任であるという事である。また教員の世界には校務分掌というものが存在する。校務分掌とは授業以外の重要な各校務（一般企業の事務等に当たる）のことである。恐らく一人で三人分位の諸実務をこなしたことと推察する。   　最近の高校生は男女問わず、右手には常に携帯電話を持ち歩いている。「ケータイ」が正しく、「携帯」ではない。最近の本校生について感じるまま書きたい。     　一言で述べるとすれば、現代の若者は「映像文化」の申し子達である。映像とは、映画やテレビに映し出された映像のこと。その映像に、彼らは、ある時には感動し、ある時には反発する。感動、感激、感銘するときはよい結果、影響を彼らにもたらすだろう。しかしこの見方は正しくない。１００％は正しくないということになる。取捨選択を間違えるととんでもないことになる。発展（成長期）途上の彼らは、経験不足、未熟さ等が成長の障害物になってしまう。その結果、取捨選択を間違えたという事になってしまう。結論として、この感銘や感動のうち７０～８０％は正しいと考えるのが妥当である。残りの３０～２０％は正しいとは限らないということになる。   　ある哲学者が言った。「世の中には、絶対なるもの、完璧なるものは何一つ存在しない」と。何故か、彼は著書の中で次のように述べている。「人間が勝手に、絶対に正しい、そして完璧だとただ思い込んでいるだけである」と。   　膨大な映像文化の影響下、真っただ中にいる彼ら、若者にとって今何が必要か。映像文化の坩堝の中で生きていくにはどんな手段、方法があるかということである。現代社会は情報過多の社会とみなすことができうる。映像文化に影響されない者、関心のない若者は孤立感を感じやすい傾向がある。この孤立感というものが厄介物であるのだ。この難敵の孤立感という物こそ、現代の若者、高校生を蝕んでいるのではないか。若者皆の持っている孤立感という物を、大人達が解決してやればよいのだ。しかし、若者本人が自ら解決すればベストなのだが。   　この孤立感（孤立意識）という厄介物は、若者各自が皆同じ孤立感ではない。十人十色だ。しかし、人間という生き物は集団の動物である。孤立感と対峙するものは連帯感（連帯意識または集団意識）である。若者は、高校生は、この相反する二種類の意識と日夜闘っている。彼らの、若者のこの闘いに、我々大人達が力を貸さなければいけないと思う。しかし、このことは、若者の持ってる悩み、苦悩、孤立感などの問題解決にはならない、彼らに対する問題提起に過ぎないのだ。   　情報過多のこの現代社会において、そのあまりにも多い情報の取捨選択をする知恵や知識を彼らに示唆することが、我々の急務である。我々大人は一丸となって、今こそ彼ら高校生に力を貸さなければいけない時であると思う。一昔前よりもはるかに人間関係の難しい社会になってしまった。   （この文章は以前書いた文章を手直しした文章である。）     岩崎先生の思い出 山　本　季　夫   岩崎友弘先生が昭和４４年に英語科の兼任講師として本校に赴任された時は、東洋大学の修士課程に在学し、フォークナーの研究をされていました。学部在学中は中大で瀬尾裕教授の元で英文学を学び、また言語学にも興味を示し、ブルームフィールドの構造言語学から、チョムスキーの生成文法に至るまでかなり勉強に励んだということを、彼を推薦して下さった瀬尾先生からお聞きしました。当時英語科の選任は皆文学畑出身だったので、岩崎先生は我々の期待を一身に受けて、さっそうと現れたのでした。   　青森県弘前高校の出身で、自分の経験からか勉強は教わるものではなく自ら学ぶものだという信念を持っておられたようです。従って一つ一つ手を取って教えるのではなく、教師が語る一見勉強とは無関係に思われることからヒントを得て、何かを学び取るのだという教え方でした。   　岩崎先生の人柄を簡単に云えば、博識、無欲、好人物と云えるでしょう。 ある時ドイツでは音楽が発達し、フランスでは絵画が発達したのはなぜだか分かるかと聞かれました。私はそんな事は考えたこともありませんでしたが、彼が言うにはドイツには美しい森が沢山あるから敵を見分けるのに耳が発達し、フランスは平野が多いから視覚が発達したのだと。またある時は、シルクロードは誰が命名したのか教えてくれたりもしました。彼の口から面白い話が次々と出てきたものです。   　生徒達からは親しげに「岩さん」と呼ばれていました。よく廊下で生徒を捕まえては話しかけている姿が印象的でした。   　彼が専任になって間もない頃、私にきれいなカフスボタンをくれると云う。よく聞いてみると何と奥様からのプレゼントでした。「とんでもない」とお断りしたことがありました。 　無欲なことは言うまでもありません。服装や食べ物なども一切気にしません。おにぎり二コまたは菓子パン二コでお昼を済ませることもあったようです。風邪を引いたとか、体調が悪いなどという話も聞いたことがありません。学校を休んだこともめったにありません。現代の仙人とも言うべき先生でした。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<h3>いま我々が若者にできること</h3>
<p style="text-align: left;">――現代高校生像考察――</p>
<p style="text-align: right;">
<strong>岩　崎　友　弘 （平成１５年３月退職）</strong></p>
<p><img class="fl-r" title="岩崎友弘先生" src="http://sanpoukai.org/wp-content/uploads/2009/11/IWASAKI1-192x300.jpg" alt="岩崎友弘先生" width="192" height="300" />　昭和３８年２月某日、新中大杉並高校設立のために、６人の新任教員が初会合を持った。古ぼけた木造３階建ての校舎に集まった。一部の方を除いては全くの初対面であった。</p>
<p> <br />
　昭和３７年３月末まで、旧中大杉並高校（現　中大附属高校　小金井市）が存在したのである。中大杉並高校の名称を持って小金井市に移転しようとしたが、東京都教育委員会に反対されやむを得ず「中大附属高校」という男子校の新設高校になったのである。女子校としてスタートする予定の本校が、近所の女子校に反対され共学校として再出発したのである。</p>
<p> <br />
　教員という立場でとらえると、教員全員が教科主任であるという事である。また教員の世界には校務分掌というものが存在する。校務分掌とは授業以外の重要な各校務（一般企業の事務等に当たる）のことである。恐らく一人で三人分位の諸実務をこなしたことと推察する。</p>
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　最近の高校生は男女問わず、右手には常に携帯電話を持ち歩いている。「ケータイ」が正しく、「携帯」ではない。最近の本校生について感じるまま書きたい。</p>
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<p>　一言で述べるとすれば、現代の若者は「映像文化」の申し子達である。映像とは、映画やテレビに映し出された映像のこと。その映像に、彼らは、ある時には感動し、ある時には反発する。感動、感激、感銘するときはよい結果、影響を彼らにもたらすだろう。しかしこの見方は正しくない。１００％は正しくないということになる。取捨選択を間違えるととんでもないことになる。発展（成長期）途上の彼らは、経験不足、未熟さ等が成長の障害物になってしまう。その結果、取捨選択を間違えたという事になってしまう。結論として、この感銘や感動のうち７０～８０％は正しいと考えるのが妥当である。残りの３０～２０％は正しいとは限らないということになる。</p>
<p> <br />
　ある哲学者が言った。「世の中には、絶対なるもの、完璧なるものは何一つ存在しない」と。何故か、彼は著書の中で次のように述べている。「人間が勝手に、絶対に正しい、そして完璧だとただ思い込んでいるだけである」と。</p>
<p> <br />
　膨大な映像文化の影響下、真っただ中にいる彼ら、若者にとって今何が必要か。映像文化の坩堝の中で生きていくにはどんな手段、方法があるかということである。現代社会は情報過多の社会とみなすことができうる。映像文化に影響されない者、関心のない若者は孤立感を感じやすい傾向がある。この孤立感というものが厄介物であるのだ。この難敵の孤立感という物こそ、現代の若者、高校生を蝕んでいるのではないか。若者皆の持っている孤立感という物を、大人達が解決してやればよいのだ。しかし、若者本人が自ら解決すればベストなのだが。</p>
<p> <br />
　この孤立感（孤立意識）という厄介物は、若者各自が皆同じ孤立感ではない。十人十色だ。しかし、人間という生き物は集団の動物である。孤立感と対峙するものは連帯感（連帯意識または集団意識）である。若者は、高校生は、この相反する二種類の意識と日夜闘っている。彼らの、若者のこの闘いに、我々大人達が力を貸さなければいけないと思う。しかし、このことは、若者の持ってる悩み、苦悩、孤立感などの問題解決にはならない、彼らに対する問題提起に過ぎないのだ。</p>
<p> <br />
　情報過多のこの現代社会において、そのあまりにも多い情報の取捨選択をする知恵や知識を彼らに示唆することが、我々の急務である。我々大人は一丸となって、今こそ彼ら高校生に力を貸さなければいけない時であると思う。一昔前よりもはるかに人間関係の難しい社会になってしまった。</p>
<p> <br />
（この文章は以前書いた文章を手直しした文章である。）</p>
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<h3>岩崎先生の思い出</h3>
<p style="text-align: right;"><strong>山　本　季　夫</strong></p>
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<img class="fl-r" title="山本季夫先生" src="http://sanpoukai.org/wp-content/uploads/2009/11/YAMAMOTO1-192x300.jpg" alt="山本季夫先生" width="192" height="300" />岩崎友弘先生が昭和４４年に英語科の兼任講師として本校に赴任された時は、東洋大学の修士課程に在学し、フォークナーの研究をされていました。学部在学中は中大で瀬尾裕教授の元で英文学を学び、また言語学にも興味を示し、ブルームフィールドの構造言語学から、チョムスキーの生成文法に至るまでかなり勉強に励んだということを、彼を推薦して下さった瀬尾先生からお聞きしました。当時英語科の選任は皆文学畑出身だったので、岩崎先生は我々の期待を一身に受けて、さっそうと現れたのでした。</p>
<p> <br />
　青森県弘前高校の出身で、自分の経験からか勉強は教わるものではなく自ら学ぶものだという信念を持っておられたようです。従って一つ一つ手を取って教えるのではなく、教師が語る一見勉強とは無関係に思われることからヒントを得て、何かを学び取るのだという教え方でした。</p>
<p> <br />
　岩崎先生の人柄を簡単に云えば、博識、無欲、好人物と云えるでしょう。<br />
ある時ドイツでは音楽が発達し、フランスでは絵画が発達したのはなぜだか分かるかと聞かれました。私はそんな事は考えたこともありませんでしたが、彼が言うにはドイツには美しい森が沢山あるから敵を見分けるのに耳が発達し、フランスは平野が多いから視覚が発達したのだと。またある時は、シルクロードは誰が命名したのか教えてくれたりもしました。彼の口から面白い話が次々と出てきたものです。</p>
<p> <br />
　生徒達からは親しげに「岩さん」と呼ばれていました。よく廊下で生徒を捕まえては話しかけている姿が印象的でした。</p>
<p> <br />
　彼が専任になって間もない頃、私にきれいなカフスボタンをくれると云う。よく聞いてみると何と奥様からのプレゼントでした。「とんでもない」とお断りしたことがありました。<br />
　無欲なことは言うまでもありません。服装や食べ物なども一切気にしません。おにぎり二コまたは菓子パン二コでお昼を済ませることもあったようです。風邪を引いたとか、体調が悪いなどという話も聞いたことがありません。学校を休んだこともめったにありません。現代の仙人とも言うべき先生でした。</p>
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