「3. 先生方の動向」カテゴリの一覧
- 07年04月01日・・・ 石川和明先生(平成19年3月退職)
- 07年04月01日・・・ 高尾 弘先生(平成19年3月退職)
- 07年01月19日・・・ 訃報 本学二代目校長 安川定男先生(中央大学名誉教授)ご逝去
- 06年06月01日・・・ 鹿島真知子先生(平成18年3月退職)
- 06年05月23日・・・ 辻 博康先生(平成18年3月退職)
- 06年04月01日・・・ 根本俊臣先生(平成18年3月退職)
- 05年10月28日・・・ 堀口 興先生(平成17年3月退職)
- 05年06月30日・・・ 松村光雄先生(平成17年3月退職)
- 05年04月01日・・・ 中野幸一先生(平成17年3月退職)
- 05年04月01日・・・ 山本季夫先生(平成17年3月退職)
- 05年01月24日・・・ 佐藤 晃先生 (平成17年1月24日ご逝去)
- 04年04月01日・・・ 浅野達雄先生 (平成16年3月退職)
- 03年04月07日・・・ 岩崎友弘先生(平成15年3月退職)
- 03年04月01日・・・ 関 俊秀先生(平成15年3月15日ご逝去)
- 03年04月01日・・・ 元教頭 鈴木眞夫先生(平成15年3月退職)
- 02年04月01日・・・ 浜田丞平先生(平成14年3月退職)
- 02年04月01日・・・ 山崎省次先生(平成14年3月退職)
- 01年12月20日・・・ 佐藤克典先生(平成13年11月27日ご逝去)
浜田丞平先生(平成14年3月退職)
一瞬の永遠
浜 田 丞 平(平成14年3月退職)
卒業生の皆さん、お元気ですか。今年3月に晴れて定年退職して以来、当然のことながら日常生活が一変しました。懐かしい少年時代に戻ったとでも言うのでしょうか、まずは現今の心象を報告いたします。今、静かに波が漂う海の中を、ゆっくりと泳いでいます。ゆるやかなうねりの谷に没するとき、すべては視界から消え去るのです。波頭の頂に持ち上げられると、後にしてきた浜辺がはるかに見渡せます。頭上は、日中の星が見えるのではないかと思えるほどの、黒っぽい青空です。こうしていると、今がいつで、自分が誰であるか、今まで何をしてきたのか、これからどうするつもりであるかを、すっかり忘れています。周囲には誰もいません。蜻蛉か蟷螂の一瞬の夏の命を、永遠と感じて生きるこの懐かしい感覚に戸惑いを禁じえません。誰かがひそかに、パンドラの函を再び閉じて、あのおなじみの、確執、妄想、錯乱、怨嗟、猜疑、嫉妬などもろもろを封じ込めてしまったに違いない。
突如、思いがけぬ近くからの声に驚きました。音声はよく聞こえているのに、意味はわかりません。振り向くとディンギー級ヨット上に人の姿が有りました。たった今、海の泡から生まれたばかりのアフロディテだと、一瞬おどろいたのです。この土地で他国の人と話すときの共通語とされている言語で、この地の言葉を理解しない旨を伝えて見ますと、あの共通語らしき言葉で反応がありました。聞き取れたのは、美しい響きの中の・・・アイス・コールド・・・だけでした。たしかに、大西洋の水は心地よい冷たさでした。「シー、ムイート・フリーア」と、なぜかこの地の言葉で、わたしは答えていました。黄金色のヘアーだけをまとっていたアフロディテの姿は、今も脳裏を離れてくれません。
第1期生の卒業学年を担任して以来、ずいぶん永く勤めたような気もしますが、日日是好日と思い、一瞬の永遠を、感受性豊かなあなたたちと共鳴し、共有できたのであれば、私の38年間という一瞬も幸福であったというほかはありません。
2002年04月01日 |
カテゴリ: 3. 先生方の動向
山崎省次先生(平成14年3月退職)
忘れられない授業そして生徒たち
山崎省次(平成14年3月退職)
地域で「源氏物語」の講筵を開いて、はや十九年になる。33帖の「ふじの裏葉」を読み終えて、いよいよ佳境の「若菜」の巻に入る。うれしい限りである。この社会人対象の講読はもちろん中杉での古文の授業の延長線上にあることは言うまでもない。源氏物語研究の泰斗山岸徳平先生の指導のもとで卒論、修論を書いた与儀先生をはじめとする国語科の先生方に相談して、中杉の三年次の古文の授業はすべて「源氏物語」をやることに決めたのは6期生のときだった。当初は講義中心の授業であったが11期生のときから私は半分を演習形式にした。
演習は班単位の発表で、近代の学者の註釈書6冊をベースに、「河海抄」をはじめとする古註、さらには池田亀鑑の「源氏物語大成」まで使って本文の異同にも触れさせた。受講者の質問もかなり突っ込んだもので、大学の演習並みであった。ある生徒などは「若紫」の演習で光源氏が十八歳の折に病気の加持祈祷に行った「北山のなにがし寺」の諸説を検討するために、京都まで調査に赴いたという。
最後に提出する班のまとめのレポートも各班とも実に美しい表紙をつけたかなりの枚数の立派なものであった。内容もさることながら美々しい装丁のみごとさに、34期生の何班かのものを写真に撮って卒業アルバムの一頁を飾った。私の授業の影響のせいか、大学で「源氏物語」を卒論に選んだ生徒が3名いる。29期生の佐藤亜也子さんと30期生の大泊幸子さんである。34期生の関麗子さんは今、悪戦苦闘の最中である。
論文といえば忘れられない生徒が2人いる。1人は1年次の現代文の授業ですぐれた啄木論を150枚も書いた10期生の江間順子さんである。もう1人は2年次で「こころ」論を書いた17期生の永目千恵子さんである。私の提示した20本以上の「こころ」の論文をきちんと読みこなし、自分なりの論を展開した卓逸なるもので、大学の卒論としても恥ずかしくないものであった。漱石の演習では22期性の萱間友道君の質問も鋭いものがあった。
中杉の3年次の自由選択授業は実にたのしかった。何せ自分の得意の教材で授業ができるのだからうれしい。私の専門の近世文学の演習は特に思いで深い。23期は西鶴の「好色五人女」を読んだ。女子の受講者が多く、彼女たちが遊女や遊郭のことなどを熱心に調べているのを図書館の人が奇異な目で見ていたと言う。長沼扶佐子さんや葛岡典子さんの勉強姿が眼に浮かぶ。近世文学と言えば15期生は芭蕉の初期の句をかなり綿密に読んだ。16名という少人数であったが、捧剛君、由良哲次君、八木貴子さんなどの優秀な生徒が多かった。その中で山岸竜生君は大学、大学院と引き続いて近世俳諧研究に打ち込んだ。芭蕉研究家の碩学今栄蔵教授門下の逸材として研究に励んでいたが、懇請して中杉にきて貰った。山岸先生は今や中杉の国語科の重鎮であるのみならず、中杉教員の枢軸たる存在である。
中杉38年の教員生活で忘れられない生徒は限りない程いる。しかし只一人を挙げよといえば19期生の小寺泰二君をおいて他にない。小寺君は3年間私が担任で、主席で中杉を卒業して法学部に行った。中大卒業後、仏教関係の大学に入学して学芸員の資格を取り、やがて京都府庁に就職した。京都府が与謝野鉄幹・晶子の終生の経済的、精神的援助者だった小林天眠より鉄幹・晶子の一万八千点に及ぶ資料を寄贈されて、その中から精選して平成5年に鉄幹・晶子展を開催した。
そのときこの任に当った小寺君より招待されて、私は京都に行った。その夜、高野川のふもとの割烹で、彼が高校時代に私の授業で暗記させられた李白の「春夜桃李の園に宴するの序」の詩賦を掛け軸に仕立て、それを飾して夜を徹して酌み交わした日のことは忘れられない。またこの2月の私の最終授業に京都から駆けつけてくれるときにくれた手紙が素晴らしい。それを38期生に読んで聞かせたらいたく感動してくれた。紙幅の関係で具体的に語れないのが残念であるが、とにかく教員冥利に尽きる。すばらしい38年間であった。
2002年04月01日 |
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